保存修理

保存修理

文化財建造物保存修理作業の流れ

文化財建造物の保存修理はどのように行うのでしょうか?

文化財建造物の保存修理は、個々の文化財建造物の価値をしっかりと見極め、文化財としての価値を損ねないように極めて詳細な調査を行い、確実な修理方針を検討した上で、慎重に行われます。

保存活用計画の策定

文化財建造物を価値あるものとして後世に伝えるため、文化財の価値を保存しつつ適切に活用していく必要があります。このため、保存活用計画を策定し、計画された保存管理計画のもとに、計画的に保存修理を行っていきます。

保存修理前の予備調査及び基本設計

文化財建造物の現況について、破損状況調査、実測調査及び耐震診断並びに資料調査など各種調査を行い、実測図、データ収集、写真などの記録を作成、把握した後、これらの基本的情報をもとに基本設計を行います。

予備調査(00:46)

解体工事(部材などの詳細調査、文献等の歴史調査)

解体修理が必要な場合、解体工事に当たって、建物の修理歴等の歴史的観点からの調査や個々の部材の詳細調査、場合によっては発掘調査を行います。併せて、必要に応じ保存修理に必要な部材等の強度実験や新しい修理材料の調査研究も行います。

《現状変更》

重要文化財の場合、修理内容が明らかにできた場合、文化庁や所有者と協議し、資料の確実な年代に復原するため、現状変更の手続きをとります。

解体中の調査(02:29)

実施設計

解体工事の結果や資料、現状変更に基づいて、文化財建造物の解体の範囲や部材の取り替え、部材の補修方法(部材は原則として既存のものを活用します。)、構造補強などの実施設計を行います。

組立工事

解体工事を行った場合、用いられている古材をできる限り再活用して保存修理をするため、古材の繕いなどに工夫や補強を行ったり独自の工夫による耐震補強を実施しつつ組み立てます。さらに、修理技術者は、保存修理工事が設計通りに実施されていることを、保存修理独自の考え方に基づいて伝統的な様式や技術、豊富な経験の裏付けをもとに大工等の技能者を指示、指導などを行います。

修理工事報告書・保存図の作製

重要文化財等の場合、工事完了までに、修理の内容や在来の技法をできるだけ詳 細に記録する保存修理報告書の執筆、保存図(手書き)を作製します。

修理事業の流れ

平井家住宅

解体修理の具体例をもとに、修理事業の一連の流れをご紹介します。

事業が計画された段階で、まず数日間にわたり建物の構造や傷み具合を調査し、修理にかかる期間、経費などをまとめます。(左)

建物を実測し、それをもとに現状図面を描き起こします。また、各部分を観察して破損状況などを調査します。(中)

修理事業に着工すると、まず、工事範囲を区画して安全を確保し、素屋根とよばれる覆屋を架けて建物をすっぽり覆い、雨露から工事中の建物を守ります。(右)

隣接した場所に事務所や保存小屋、工作小屋を建設します。文建協職員は工事期間中、現場の事務所に常駐し、設計監理をおこないます。(左)

解体工事に着手です。屋根から順に調査しながら丁寧に取りほどいてゆき、取り外した部材は保存小屋に保管します。(中)

部材には、大工さんが一点一点小さな木札を取り付けて、もとの位置を記録します。古い材料なので傷めないよう十分気をつけて解体作業を進めます。(右)

解体作業と並行して寸法の実測や破損状況、仕様、痕跡などの調査をおこない、修理の方法を決めます。(左)

解体して初めて判ることも多くあります。この建物では写真手前の方の梁がまっすぐなのに対し、奥の方の梁は曲がりくねった材料です。また、手前と奥では昔の番付の付け方も異なっていました。奥では写真のように数字同士の組み合わせであることが判りました。手前では「いろは」と数字でした。手前の方は後世の増築であることが判明しました。(中)

まもなく解体が終了するところです。2本の柱で梁を支える鳥居型の枠組みが見えます。鳥居型の枠組みを連続させて貫でつなぐ構造は江戸時代前期の当地方における民家の大きな特徴で、この建物はそれをよく伝えています(右)

建物が解体されたあと発掘調査がおこなわれ、その結果、かつてのカマドの位置や規模などが判明し、それによって復原されました。(左)

解体された部材にはさらに詳細な調査がおこなわれます。痕跡から、建物がかつてどんな形で、その後どのような改造をされてきたかを推定することができます。(中)

重要文化財であれば必要に応じて文化庁の文化財調査官の指導を要請します。文化財の所有者、地元公共団体の方も一緒に痕跡・復原の検討や、補強の方針、修理後の活用などについて協議を重ねます。方針が決まったら、当初の計画を見直し、修理後の建物について詳細な設計をおこないます。(右)

平井家住宅の場合も、地元で修理委員会が組織され、修理事業の運営を指導する役割を担いました。地元に伝わる古図や古文書も、地域や建物の歴史を調べる上で重要な情報を提供してくれます。(左)

ここでは地盤が砂地であったため、耐震対策として基礎にコンクリート版を設置する方針がとられました。その上に礎石を据えて組立がすすめられました。(中) 

解体が終了し、復原の検討がすすめられる間に、再用される古材の繕いや新しい材料の加工がすすめられてゆきます。写真は傷んだ部分を切り取って新しい材を埋め込んでいるところです。(右)

古い材料をできるだけ生かし、傷んだ部分などは新しい材で継いでいます。この場合、新材は古いものと同じ材種、品位のものを用います。(左) 

屋根の茅葺作業です。選別して束にした茅を縄で結わえ付けてゆきます。(中) 

茅葺屋根の棟を作る工程です。解体調査の結果判明した旧来の仕様により、ベテランの職人さんたちが作り上げてゆきます。(右)

壁の下地は旧来の仕様通り、割竹をもちいて縄で結わえてゆきます。(左) 

解体時に保存しておいた古い壁土に、新しい壁土を混ぜて寝かせておき再用しました。(中) 

土間は在来の土間叩きとしました。仕上げは叩き棒をもって手で念入りに繰り返し叩き締めます。(右)

室内の建具も調査に基づいた仕様により、建具職の手で古材を尊重して補修されました。(左) 
修理工事と並行して、防災施設の整備も行われました。写真は放水銃のテスト放水の様子で、地下式貯水槽、自動火災報知設備、避雷針が設置されました。(中) 

設計監理事務所では、調査したデータを整理し、保存図とよばれる図面を作製します。これは文化財修理においては明治期以来の伝統で、烏口や面相筆を用いてケント紙に墨入れします。(図は別の建物)また、修理工事の記録を刊行するため、事業の内容、工事中に集積した建物の調査事項、地域の歴史や建物にかかわる古文書、発見物など様々な資料を整理、分析して報告書を執筆します。(右)

事例としてとりあげた建物

名称 平井家住宅
指定区分・年 重要文化財・昭和51年
所在地 茨城県稲敷郡新利根町柴崎(現・稲敷市)
所有者 平井幸夫・平井正己
建設年代 17世紀後半
構造形式 桁行19.2メートル、梁間9.7メートル、寄棟造り、茅葺き
事業概要 修理種別 解体修理
事業期間 平成12年度〜平成14年度

平井家住宅平井家住宅は、霞ヶ浦の南西に横たわる稲敷台地から、南に広がる利根川の沖積平野に突き出た突端部の砂州、柴崎の地に位置しています。近辺は江戸時代はじめからさかんに新田開発が行われ、今日も関東の一大穀倉地帯となっています。
柴崎は平井文右衛門にちなむ"文右衛門通り"を中心に整然とした屋敷割りが残されていて、槙垣に囲まれた静かな環境が保たれた地域です。
平井家は記録によると、元禄年間には当地に定着したらしく江戸時代末期から明治期には村役人や村長などをつとめ耕地整理、教育振興などに活躍した家でした。
建物は、構造が古いことや平井家先祖の記録、新利根川開削の歴史などから寛文年間(1661〜1673)のはじめ頃に建てられたと推定され、関東でも屈指の古さの民家といえます。

平面は、ほぼ長方形で座敷部は左右に二室に、前後は三室に仕切られています。土間は背面まで通り抜けていましたが、床を張った部分が座敷から東まで延びて部屋をつくっていたことが柱などに残る痕跡から判明し、今回復原されました。土間の東側北半部にはカマドがあったことも発掘調査から判りました。